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文化・歴史
 マクドナルド奨学基金支援の会(古川恭司会長)では、平成25年度より北海道立利尻高等学校生徒を、ラナルド・マクドナルド1ゆかりの地として、アメリカポートランド市へ短期留学研修として派遣しており、ポートランド在住のマクドナルド友の会谷田部会長には現地コーディネートなど、大変お世話をいただいております。今回は谷田部会長ご夫妻の来日に合わせ利尻島を訪問いただきました。
 12月14日には利尻町役場を訪問いただき、保野利尻町長と懇談を行い、次年度以降の短期留学生の受け入れや、ポートランド、利尻の話題などで親交を深めていただきました。翌15日には、利尻高等学校において「高等学校英語力向上事業」講演会・成果報告会で講師として「Real MacDonald!~私のアメリカ生活50年余~」と題し講演を行っていただきました。

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【写真】元村校長、保野町長、谷田部勝・アリスご夫妻、古川会長、佐々木副町長


 1 ラナルド・マクドナルド(Ranald MacDonald)
【鯨が開いた鎖国の扉 ラナルド・マクドナルド渡島】 
嘉永元年(1848)7月初めに鎖国下の利尻島に一人のアメリカ人が上陸しました。鎖国の日本に入ってみようということです。そのためにハワイから捕鯨船に乗り込み、捕鯨漁が終わってから単身ボートに乗り込み、利尻島を目指し漂流を装って上陸しました。 
捕鯨船の海員誌で日本情報に接し、潜入方法を見つけたマクドナルド。利尻島に上陸してから、宗谷・松前を経て長崎に送られていきます。長崎では当時のオランダ通辞たちの要望から英会話を教えました。 
利尻島に渡島したラナルド・マクドナルド。これを調べていくと、世界の捕鯨史・幕末の日本史に深く関わっていきます。(利尻町ホームページ 文化・歴史 マクドナルド鎖国の日本に密入国より)



Mr. Yatabe, the President of Fellowship for MacDonald, and Mrs. Yatabe came to Japan and greeted the Mayor of Rishiri

MacDonald Scholarship Foundation Support Association (Chairman Kyoji Hurukawa) sends students of Rishiri High School established by Hokkaido to Portland in the United States of America for short term study since 2013 because Rishiri Island has historical relationship with Ranald MacDonald1 who was the first English teacher in Japan more than 150 years ago.  
Mr. Yatabe, the president of Fellowship for MacDonald, who lives in Portland, and Mrs. Yatabe are of great help for the short term study as coordinators in the U.S.  Recently they came to Japan and Rishiri Island.  Chairman Kyoji also came to Rishiri to see them.
On December 14, 2017, Mr. and Mrs. Yatabe visited Rishiri Town Hall to meet with Mr. Hono, the Mayor of Rishiri.  They had friendly talk with each other on the next short term study program in Portland and other topics relating to Portland and Rishiri.
On December 15 Mr. Yatabe gave a speech titled “Real MacDonald!  My American life over 50 years” at the meeting of Project for Improving High School English and Result Report at Rishiri High School.      


写真の人物(左から)
From left: School Master Motomura, Mayor Hono, Mr. Masaru Yatabe, Mrs. Alice Yatabe, Chairman Hurukawa and Vice-Mayor Sasaki.


1Ranald MacDonald
“Whaling opened the closed door: Ranald MacDonald came to the island”
In early July in 1848 (the first year of嘉永 ”Kaei” in Edo Era, according to Japanese traditional calendar), a man named Ranald MacDonald landed on Rishiri Island under Japan’s closed-door policy. 
To come to Japan, he had board a whaling ship and had found out a way to enter Japan in a journal of the ship.  After whaling had finished he had got on a boat himself and headed for Rishiri Island to pretend a castaway on the island.  
Landing on Rishiri Island, he was sent to Nagasaki through Soya and Matsumae.  In Nagasaki he taught English language to Dutch-Japanese interpreters on demand at that time. 
Searching history for Ranald MacDonald who landed on Rishiri in Edo Era, you will find his deep relationship to whaling and the end of the era in Japan (cited from “MacDonald illegally immigrated into closed and isolated Japan,” culture and history in Rishiri Town website).

2017年12月19日

9月29日(木)午後3時半、仙法志中学校グランドの近くでカラスにおわれて弱っている鳥を仙法志小学校の子供たちがみつけた。なんとかしたいと思って、段ボール箱に入れて、博物館の大きな船がはいっている倉庫に運んだ。水を飲ませて草を食べさせた。その後、子供たちは図鑑で鳥を調べた。ヒシクイだとわかった。博物館でさらに調べると亜種オオヒシクイであることがわかった。
9月30日(金)午後、子供たちは鳥を見に来た。段ボール箱の下をやぶって顔をだしていたのを見て、元気だから沼に放そうと言うことになった。南浜湿原のメヌショロ沼まで運んで、放鳥。沼に放したら、すぐには動けなかったけど、水を飲んだりして、動きはじめた。これでだいじょうぶと思って、元気でねと手をふった。亜種オオヒシクイをまもれて良かったと子供たちが喜んで話してくれた。
亜種オオヒシクイをまもった仙法志小学校のこどもたち 
<1年 なりたるきや・2年 藤野可鈴・佐野友菜・八木みはる・4年 藤野可楓> 






2011年10月3日

「さいはての浄土に咲く花」
利尻町立博物館特別展示
7月10日(日)~8月31日(水)まで利尻町立博物館でおこなっています。
5月後半に利尻・礼文島に来られた浄土宗桂林寺永田英司国内開教使。布教のかたわら、最北の島の野の花を描きたいとのこと。一緒に島をまわってみられる野の花たちを探しました。礼文島でも島人に案内していただいたこと。
こうした島人の篤い心と、そこに咲く野の花たちの生命の息吹から、さいはての浄土に咲く花を感じたという。
<展示>
野の花      11種20枚
利尻山       5枚
利尻麒麟獅子  2枚
展示期間中の8月13日(土)~15日(月)は浄土宗慈教寺(利尻富士町鴛泊字本泊)、8月17日(水)~19日(金)は浄土宗専称寺(利尻町仙法志字政泊)で移動展示。利尻町立博物館展示は8月20日(土)~31日(水)となります。


 

2011年8月4日

ふるさとタイム高学年
仙法志の「漁」と「食」


 調査員

 【5年生】大樹・美也・雅也

 【6年生】隆太・慈乃

 調べたこと
  ①観光客の皆さんの利尻のイメージ

  ②利尻・仙法志でとれる海産物

  ③仙法志のとれるもの・食べるものなどの今と昔

  ④ウニを使った料理

 なぜ仙法志の漁と食を調べようと思ったのか
  ①私たちは漁師の子どもや漁組組合員の子どもで、仙法志の漁のことを知りたかった。

  ②自分の住んでいる利尻のことを詳しく知らなかったから。

  ③昔、利尻ではどんな暮らしをしていたのかを知りたかった。

  ④利尻の食べ物の今と昔の違いを調べたかった。(よく食べているのは肉か魚か?など)

 調べた結果
  今回私たちは、利尻に来る観光客のみなさんの「利尻のイメージ」について聞いてみました。
  その結果をランキングで発表したいと思います。

 

 利尻といわれて思いつく物

   1位 昆布・ウニ  28%
 2位 利尻富士   20%
 3位 自然     13%
 4位 北      10%
 5位 魚がうまい   8%
 6位 お花畑     6%
 7位 へき地     5%
 8位 名水      2%
    その他     8%







 

利尻の海でとれると思う海産物 (複数回答あり)
   1位 昆布         43%
 2位 ウニ         42%
 3位 ほっけ        25%
 4位 さけ         12%
 5位 ほたて        11%
 6位 たこ         10%
 7位 アワビ         7%
 8位 ワカメ         6%
 9位 ヒラメ         5%
      その他(なまこ・ニシンを含む)  
 

このアンケートの結果から観光客のみなさんは利尻といえば、「海産物」と「自然」というイメージがあることが分かりました。

「海産物」については利尻の「昆布」と「ウニ」が有名ですが、その後の「ほっけ」や「さけ」、「ホタテ」など、北海道の名産を思い浮かべるようです。

 

こころよくアンケート調査にご協力してくださったホテル「アイランドin利尻」にお泊まりの皆様、本当にありがとうございました。


仙法志地区で取れる海産物

利尻漁業協同組合仙法志支所で仙法志でとれる海産物の漁獲高を調べてました。(H21年のデータ)

 

 
  漁獲高合計         6億 690万円
   1位 天然昆布     1億5023万円  
   2位 なまこ      1億1296万円  
   3位 養殖昆布     1億1228万円 
   4位 ムラサキウニ(ノナ) 9425万円  
   5位 バフンウニ(ウニ)  9101万円
   6位 たこ         1266万円
   7位 ほっけ        1174万円
   8位 おおなご        239万円
   9位 わかめ         138万円
10位 いか           81万円
  

  観光客のみなさんの思っていた1位・2位は昆布とウニでした。利尻の昆布とウニがとても有名なことがわかりました。でも、とれている2位のなまこは観光客のみなさんのイメージにはありませんでした。利尻のなまこは干しなまこにしてほとんどが中国に輸出されています。中華料理の大事な貴重な食材だそうです。日本で食べられるのは酢物のなまこ。毎日の食べ物で食べられることがないこと、テレビや新聞などでもなまこが取り上げられることがほとんどないこと。だから、利尻でなまこを食べたい、利尻でなまこがとれることは観光客の人たちにあまり知られていなかったと思います。

  利尻の海でとれると思われる物で3位がホッケでした。しかし、利尻のイメージにほっけがありません。でも、とれる物としてほっけが3位となることは、食べられている魚からだと思います。ほっけは北の魚で、利尻でもたくさんとれているのだろうと思われていること。だとしたら、利尻とほっけ君をつなげてもいいのではないかと思いました。ほっけ君のとり方、食べ方などを、たくさんの人たちに知ってもらうことが大事なことだと思いました。

 

 



利尻の食べ物の「昔と今」の違いを調べてみました。

   昔 今 
 冷やす物 室(むろ);地下の保存庫
 畳2畳ほどの広さ

 魚は干したり塩づけしたりして保存した。
 野菜は室(むろ)に保存した。
 肉用にぶたや鳥、犬を飼って食べていた。 
 
 ○冷ぞう庫(冷凍庫)

 魚は冷凍冷蔵をしたりしている。
 足りなくなるとセイコーマートで買う。
 

 運ぶ物 ○馬車
  仙法志に馬車屋が3件あった。
○船
 島の外と物々交換していた。
 利尻からはかずのこ(ニシンの卵)や身欠
きニシンを出し、米などをもらっていた。
○自家用車
○飛行機
○船
○保冷トラック
○鉄道

 とれる物 ○一番とれている魚
 ニシン。魚を保存する倉庫の窓のところまでぎっしりと積み上がっていたそうだ。
○ニシンの食べ方
 ・ニシン焼き
 ・身欠きニシン
 ・数の子(ニシンの卵)
タルに詰めて米など色々な物と交換した
○ウニ
 ウニは捨てたり、子どものおやつになっていた。
 昆布にとっての害虫だった。また、冷凍技術やパック詰めの技術がなかったため、送って売ることができなかった。
○一番とれている物
 昆布・ウニ
○運ばれ方
 冷蔵トラックや船、飛行機などで運ばれている。
○ニシン
 ニシンは今ほとんどとれていない。
 昭和32年頃からとれなくなった。
 とりすぎたからだろうか?
 それとも自然のせいなのだろうか?



 

ウニを使った料理

観光客にアンケートをとったところ、「ウニ丼」「生ウニ」「寿司」「焼きウニ」等が多かった。生で使うか、料理はしてもシンプルな料理だけ知らない人が多かった。

 そのため私たちは家でどんなウニ料理を作っているか調べてみた。

その1;ウニの玉子焼き

    材 料;玉子・うに・みりん少々・牛乳(好みで砂糖・塩を入れる)

    作り方;①ウニをくちゃくちゃにかきまぜる(くずすように)。

        ②そこに、玉子を入れ、みりんと牛乳をかきまぜる(このみで味付け)。

        ③焼く

        ④できあがり

その2;ウニのバター焼き

    材 料;うに・バター・塩こしょうはお好みで

    作り方;①フライパンにバターをとかし、ウニをいためる。

        ②お好みで塩・固執をふってできあがり♪

その3;ウニと玉ねぎの煮物

    材 料;うに・玉ねぎ・調味料(しょう油・酒・みりん・砂糖)

    作り方;①お湯をふっとうさせる。

        ②玉ねぎを入れ、とう明になるまで煮る。

        ③ウニを入れたら、かたまるまでウニをかまさない。

        ④ウニがかたまったら、はしで大きめにほぐす。

        ⑤調味料を入れて、煮たらできあがり♪

その4;ウニのチン

    材 料;うに・お酒・塩少々

    作り方;①ウニをたい熱皿に入れる(平らに入れる)。

        ②お酒を少々ふる。塩も少なくふる。

        ③ラップをして電子レンジで1分~1分半チンしてできあがり♪

 

調べてみての感想

○ウニのおやつにはビックリした。今だったら高級だ。昔と今はやっぱり違う。

○ふるさと学習で、昔利尻ではニシンがたくさんとれたことが分かった。

 これからはウニについてたくさん調べたい。

 例)ウニの中のゴミについて・ウニがくさるまでの時間・どうすればウニ はくさりにくくなるのか

○この活動で分かったことは利尻の昔の漁業と、観光客の利尻のイメージ。

○利尻の魚や使っていた昔の道具、食べ物についても分かった。

○大変だったことはアンケートのまとめと、割合の計算。

○これからも利尻のことをたくさん知って、こうしてみなさんに伝えていきたい。

○昆布は人気だから、色々な料理をみなさんに知ってほしい。

○利尻のことを知ってほしいから、みなさんに伝える活動を続けたい。

○利尻の昔のことを知りたい。

 例)料理、漁の仕方、暮らしなど

○今回のふるさと学習では、みんなと協力できた。

○昔はれいぞう庫なんかないからどう保存しているのかが分からなかったけれど、お年寄りに聞いて納得したので、発表会でうまく発表したい。

 

みなさんへのお願い

この発表を読んで下さりありがとうございます。

もしよろしければ、「疑問に思ったこと」「知りたいこと」「感想」などのメールを下さい。

「ふるさと学習の感想」という題名でお願いします。

メールアドレス senhoushi-js@town.rishiri.hokkaido.jp

平成23年3月31日までで締め切らせて頂きます。

みなさん、利尻に来てくださいね!!

 

2011年2月9日


平成22年(2010年)8月7日、博物館駐車場の横で撮った蜘蛛。
二種類の蜘蛛が攻撃しあっていると思ったがカオニグモで右が♂、左が♀で交接行動とのこと。
蜘蛛の名前は松田まゆみさん(日本蜘蛛学会)に教えていただきました。
ありがとうございました。

2011年2月4日

2009年利尻山初冠雪は10月5日。
2008年は9月4日、2007年が9月29日。最近の10月は2007年10月9日だった。
1898年(明治31年)から記録できた初冠雪は今年で80回目となる。
そこから平均日を探ると10月1日となる。
2001年以降だと10月1日以降が6回、10月1日以前が3回となっている。
秋の気温が高くなっているからなのだろうか。

2009年10月5日


   国土交通省が募集した「島の宝100景」の一つに「北の島で舞う利尻麒麟獅子」が選ばれました。
 利尻麒麟獅子は明治41年に因幡、鳥取県から利尻島に渡ってきた人々が、異境の地でふるさとを偲び舞っていましたが、その後途絶え、平成16年に約百年ぶりに復活しました。
 地域の若者たちが「利尻麒麟獅子舞う会」を立ち上げ、麒麟獅子のふるさと、鳥取県鳥取市秋里の荒木三嶋神社の人たちと交流を重ねながら舞を取得。平成20年には利尻ならではの麒麟獅子舞を創り上げました。
 海に囲まれ、厳しい自然と対峙する島で舞う利尻麒麟獅子はゆっくりした舞のなかに厳しい動きがあり、利尻らしさが表現されています。
 毎年6月20日、仙法志神社祭典の宵宮祭に長浜神社境内や特別養護老人ホームほのぼの荘で舞われます。

2009年5月8日

2009年寒だめしをつくってみました。
1月5日の寒の入り、2月3日の寒の開け。その間の一日の平均気温を2009年に割りあててみました。
すると冬の暖かさ、春から夏にかけての寒さ、夏から秋の暑さと寒さの繰り返しを感じさせるグラフとなりました。
さて、今年一年の気温の推移はどうなるか、グラフとてらしあわせてみたいと思います。

2009年2月12日


   冬を運んでくる寒気とともに冬鳥が利尻島で見られるようになる。
 11月8日(土)暴風波浪警報の日、利尻島の南の港で二種の冬鳥を見た。
 一つはくちばしと脚が赤いユリカモメ。くちばしの先端が黒い。もう一つはくちばしが黄色で脚が黒っぽく見えるミツユビカモメ。どちらとも通年、利尻島で見られる鳥ではない。北から南へ飛来するなかで、暴風波浪警報から天候調査のため利尻島に一時着陸したのだと思われる。

2008年11月9日










「子供を叱れない大人たちへ」
 平成20年度利尻町生涯学習講演会が10月28日(火)行われた。
   講師は落語家の桂才賀。少年院篤志面接員として全国の少年院を訪問している。これまで訪問した少年院の人たちとの交流から、子供を叱れない親・教師・大人たちがいるのを感じたこと。だからこそ、過ちをきづいてもらうために・正すために、怒るのではなく叱ることができる大人にならなければ、島人がそのような大人になってほしいと、集まった人たちに語り伝えた。
 講演の後は、鏡味仙志郎の曲芸と桂才賀の落語が行われた。驚きと笑いの中で、そっと先ず自分を、家庭を、子供たちを振り返ってみよう、しっかりと見ていこう という雰囲気が、会場に広まっていた。

2008年10月29日