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文化・歴史

朝鮮人、泰山を目指す!!

利尻は、アイヌの人々が「リイ・シリ」(高い・山)のある島と呼んでいました。北の海の道にそびえ立つ利尻山は海の道標でした。

朝鮮人、泰山を目指す!!
元禄9年(1696)5月、泰山に8人の朝鮮人が漂着しました。そのうちの一人、李志恒(いちはん)が書いた『漂舟録』があります。日記には元禄9年4月 釜山出帆から元禄10年3月釜山帰着までが書かれています。4月13日に釜山を出た船が28日に強い風にあおられて漂流しました。5月12日、山の中腹か ら上に雪があるところに漂着します。これが泰山です。泰山とは高い山のこと。利尻山をもつ利尻島にたどり着いたこととなります。
  松前藩・対馬藩の記録には漂着したのは礼文島と書かれています。漂着した朝鮮人は泰山=高い山=利尻山に漂着したと書いています。この違いを解くために調査しています。 【朝鮮人漂着を詳しく知るために】
「李志恒「漂舟録」について」池内 敏 『鳥取大学教養部紀要』第28巻 平成6年11月